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2008年6月

スリランカ通信(10) 「スリランカ人魂」

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コロンボ市内

 今年の1月、スリランカ政府とLTTEの間の休戦協定が破棄されてから、テロの頻度が激増した。一週間に一回はどこかで、バスや電車の中で爆発が起きたり、爆弾の小包が発見されたり、自爆テロが起きたりしている。子供を外国に住まわせるべきかどうか、真剣に悩んでいる親も多いという。

 一方、石油価格の高騰(*)から、バス代等生活費が値上がりしているものの、経済成長が続いている。紅茶やゴムの高収益などがこれを支えているのだろうか。観光産業の危機が叫ばれながらも、外国からの投資が続けられているし、イギリスなどからの旅行者の数も減ってはいないそうである。

 戦争はあるが経済は成長している。世界のどこに、こんな悲惨な闘争の中で、平均5%の経済成長を果たしている国があるだろうか。ショッピング・モールはとりあえず充実しており、マレーシアやインドの投資家は引き続き投資しており、株式市場は活発だ。

 スリランカの中・上流階級。確かに生活費のコスト高に不満を持ちながらも、パックツアーでバンコクやシンガポールに旅行するという。そこには高い費用に対する不安も疑念もない。週末はリゾートホテルで過ごす彼らに生活費を切り詰めている様子はない。それよりもステータスを守ることのほうが大事なようだ。

 労働者階級にとっても、物価の高騰は彼らを生活苦に追いやっているはずだ。ところが、雇用条件が劣悪な彼らは、借金をしてでも携帯電話を買ったり、派手な洋服を買ったりしようとする意欲をもっているそうである。

 自爆テロの危険、通勤時のバスや電車の中の不安、ショッピング・モールでの爆発の恐怖。にもかかわらず、スリランカ人は前に進む。迷いながらも悩みながらも、前に…。あるいは「進む」しかないのかもしれない。

 生活費があがり、不満を言いながらも何とか工夫する。それについて何か試みる。あちこちで爆発が起きても、その瞬間、ショックを受けても、その後でパーティへ向かう。これを「スリランカ人魂」と呼んでいいだろう。「とりあえず前に進む」この姿勢こそが外国人旅行者を引き付けているものの源なのかもしれない。投資家が投資の最善の場所として信じている理由なのかもしれない。

(*)最近、スリランカ政府は石油消費を削減するための方策として、学校をこれまでの週5日制から4日制の登校日にしようという「病的な」提案を出して、人々の苦笑を買った。確かにコロンボ市内の登下校時の渋滞振りは目に余るものがあるが、なんとも稚拙な策であることに気がつかない政府に大きな問題があること、そうした政府を抱えていることもスリランカ人の悲劇の一つであろう。

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スリランカ通信(9) ウェサック祭(2)

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デヒワラ動物園


 デヒワラ動物園。案内書では入園料500ルピーとあったのに、なんと1000ルピーも取られる。発展途上の国によくある外国人料金だ。スリランカ人はただ同然。中にはたくさんの人、ひと、ヒト。どうやら外国人は我々二人だけ。ちょっと気後れする。だが、広い敷地には何種類もの動物たちがのびのび暮らしている。狭い檻の中に閉じ込められているライオンやふくろう(肉食だったんだね)もいるが。人気を博していたのは象やオランウータン。アジアで最大規模の動物園とのことだが、確かに一回りすると2時間はたっぷりかかった。汗びっしょり。途中に「Dad’s Bar」というのを見つけた。なるほど、然り。お父さんにとっては動物を見て回るより、バーで一杯。子供はお母さんに任せて……というところか。しかし、動物園の中にとは、なかなか気が利いているではないか。だが、本日は禁酒の日。残念。
 
 この散策で汗だく、ぐったりの私に比べて、綾さんは涼しい顔。年齢差が出たか。たった2時間だが、20年分の差が出たというわけだ。

 マウント・ラヴィニアから海を眺める。このホテルには伝説がある。イギリス植民地時代の総督エドワード・バーンズなる人物がラヴィニアという娘に恋し、彼女のために建てた別荘が元々の由縁なのである。そこから、このホテルを「マウント・ラヴィニア」と呼ぶようになったらしい。
 事実はともかく、このホテルのプールサイドから海を眺めていると、インド洋の彼方水平線の向こうに、美しき乙女ラヴィニアが微笑んでいるような気がするから不思議である。
「水平線」、正確に言うと水平線ではなく「水曲線」だ。水平線が弧を描いて見える。左右180度以上の視界に海が横たわっているのだ。「地球はまるかった」と実感できる瞬間だ。
彼女はあまり話さず、じーっと海をみつめていた。私も寄せては返す海の息づかいを感じていた。西日が弱くなってきたころ動物園の疲れも回復してきた。最終目的地へ向かう。

 車で5分くらいか。その場所には程なく着いた。しかし、メインのゴール・ロードから海側に向かった小路に入ると、急に道も狭くなり、ノロノロ運転になった。番地の表示もない。不安が募る。それでも、地図を頼りに通り過ぎた側道を数えながら確実に到着した。小路の真ん中に特別に作られた飯場のような小屋がある。表には仏像を描いた飾りがつけられている。小屋からデムタ氏が出てきた。本日、招待してくれたホストである。

 小屋の中ではお坊さんが読経をあげている。私たちはひとまず彼の兄弟の家に案内された。紅茶と菓子をいただく。デムタ氏はスリランカの中でも有名な日本語学校のマネージャーをしている。2002年まで彼はサウジで働いていたということもあり、私は親近感を持っていた。一段落した所で小屋に戻り、セレモニーに参加した。初めにオイルランプの点灯式。私たちは主賓扱いで、真っ先に灯をつけた。それから食事。食べても食べても「わんこそば」のように継ぎ足してくれる。外にはこれらの食事の配給を受けようと老若男女の長蛇の列が出来ている。毎年恒例の施しなのである。

 大変おいしくいただいた。そして、初めての訪問なのにずいぶん大切にされてもてなされた。ランカ人にもホスピタリティーはあるのだ。心地よい一日であった。

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ホストのデタム氏(右側)と

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