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2008年7月

スリランカ通信(11)  リフレッシュ in キャンディ(1)「旅立ち」

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キャンディ市内

 その日は雨だった。
 旅立ちは雨の日が良い。そう言ったのは「二十歳の原点」の高野悦子である。なぜ雨の日なのだろう。ずうっと思ってきた。今も気になっている。浮世の憂さを流してくれるから?(憂さは晴らすものなのだが) 出発前の涙をごまかせるから? 雨具を忘れてしまうことがないから? いろんな意味をこめての「雨の日」なのかもしれない。

 人の心は不安定で、いつもぎりぎりの境界線を綱渡りしているのだと思った。一つ間違えると思ってもいない方へ引き込まれてしまう。彼の場合がそうだった。

 数日前のこと、その男から電話があった。
「傷心旅行につきあってくれないか。」

 いやな胸騒ぎがした。他人の失恋に向き合うほど、人ができてる俺ではないし、暇もない。だが、よく話を聞いてみると断るわけにはいかなかった。思いがけない、ふとした出来事から、これまで大事にしてきた恋心が一気にあらわになり、あっという間に失恋したらしい。そして、なんと、その失恋相手のアドバイスに従って、リフレッシュすることにしたというのだ。

「情けないと思わないか、お前。」
「情けないけど、みじめじゃないぞ。」
 口をとんがらして彼は答える。しかし、旅費は全部持ってくれるというではないか。ここで、友を見捨てては男の名がすたる。人間として最低だろう。付き合うことにした。相談に乗ることにした。「明日はわが身」ということもある。友の期待に応えずして、何のおのれが人生か。

 失恋者には古都がふさわしい。日本なら、京都~大原三千院、恋に疲れた女がひとり~だ。
 スリランカで失恋した男が向かう場所・・・キャンディ。

 キャンディは標高300メートルの盆地でコロンボよりも過ごしやすい気候らしい。シンハラ王朝最後の地で、300年以上のシンハラ文化が隆盛した街である。コロンボから3時間と地の利もいい。俺もまだ行ったことがないし……。失恋男に「お前にはキャンディが似合う。」と言うと、彼はそれだけで、はしゃぎまくった。悲しいほど単純な男なのだ。
 それにしても、失恋話って、本人には申し訳ないが、周りの心は癒されるんだなあ。

 コロンボから一路、キャンディ・ロードをひたすら走る。彼の運転は乱暴だった。こちらスリランカでは「俺を追い越すなよ」という意思表示として、右折するわけでもないのに右ウインカーを出すが、彼はずうっと出しっぱなしだった。無理やり前方の車を追い越したり、S字道路で前方が良く見えないのに、反対車線に出て追い越しをかけたり……。今はもう、雨が上がっているからまだいいようなものだが。一瞬、後悔した。(やはり、失恋男と旅なんぞするもんじゃない。)

 途中、レストラン「Ambepussa」で、休憩。キャンディまで後60キロという地点だ。ここで、サウジアラビア以来の知友、プラディープ君と再会。クルネーガラ行きに次いで2度目だ。オレンジジュースを頼むと新鮮な絞りたてを持ってきてくれた。おやつは彼推薦の「マサラ・ワデ」という豆で作ったお菓子。タミール人のものらしい。
「なあんだ。シンハラ人とタミール人、仲いいじゃん。」
 と言うと、憮然とした表情でプラディープ君は応える。
「シンハラ人とタミール人は昔から仲良く共存してきたんだ。今、争っているのは政府軍とLTTE。世界の人はみんな誤解してるんだ。」
 なるほど、返す言葉もない。しかし、失恋男が日本語でボソッとつぶやいた。
「確かにそうだけど、コロンボのタミール人はずいぶん差別されてるよ。」
 この国の歴史、民族移動と植民地の時代、これを正確に紐解かないとなかなか分からない問題だ。とにかく、ご馳走してもらった手前、反抗などしない。

 プラディープ君が他の客に気を取られ、テーブルを離れた後、
「男と女。やっぱり、女のほうがいい。ぼくは今度生まれ変わるとしたら、絶対、女になる。そして、ぼくのような男と出会ったら、決して振ったりしないで、優しく尽くしてあげるんだ。」
 失恋男は俺に話しかける風でもなく、ひとりごとのようにつぶやいている。どうも、重症のようだ。こんなに思いつめて、本当にリフレッシュできるんだろうか。
 まずは、煩悩を捨て去って解脱の道へ向かうこと。汚れきった心を浄化するのには仏陀に帰依するのが一番。とにかく仏歯寺へ行こう。俺は勝手に決めたのだった。
(この話はフィクションが少し入っています。あしからず。)
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マサラ・ワデ


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