« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

スリランカ通信(17)クリスマス特別企画「私の部屋」

1

私の部屋

 「私の部屋」などと言うと、うら若き乙女の独身生活が覗けると勘違いしてアクセスする中高年(若年層も?)のオジサマの姿を想像してしまうが、確かに「私の部屋」なのでいたしかたない。今回は皆様へのクリスマスプレゼントとして私の部屋を限定公開する。かつて旧友の寿夫君が「私の部屋」というブティックというか女子高生向けの小物の店をオープンして、小生も駆けつけた記憶があるが、あの類のものではなく正真証明の私の住んでいる部屋である。

 海外に住んでいる日本人は大まかに3つのタイプに分けられる。①現地の方と結婚され地元に根付いている日本人。②現地の人と同じ条件で仕事をして生活をしている日本人。③日本から送り込まれ数年で帰国が約束されている日系企業や政府関係機関の派遣者。以上の3者である。私は①の経験はないが②と③の経験がある。先進国では、それほど大きな差はないが、発展途上国では②と③では暮らし向きが大きく異なる。生活費が日本とは随分かけ離れているからだ。③のケースでは日本と同じ給料をいただくことになるから、やりかたによっては贅沢三昧?できる。当然②との生活格差が激しくなる。給料は②の場合は③の5分の一から10分の一、家賃は②の人が多く住んでいるのは1カ月1万円くらいのアパート(一間、シャワーのみ)に対して、③の場合は2LDK~4LDKで、その他、運転手が付いたり、メイドがいたりするのである。

 普通の暮らしぶりの紹介でなければ、「私の部屋」は分からない。現地採用で働く外国人はアネックスと呼ばれる2世代住宅のような造りの建物に住む。1階に大家がいて2階のスペースを借りて住むのだ。1LDKから2LDKで1万円から2万円くらい。しかし。給料のことを考えると厳しい条件だ。それに、雨漏りがしたり、アリがやってきたり、ヤモリ,蚊などの侵入者もいる。毎日、いろいろな格闘があるようだ。

 私の部屋は10階建てのアパートメントの8階にある。駐車場、プール付きでガードマンが3~4人、24時間の警備体制で安全も確保されている。このアパートはワードプレイスという高級住宅街の一角にある。近くには高等教育省、フィンランド大使館、アーユルベーダの店もある。コロンボで有名な「オデール」というデパートまで歩いて10分の所である。部屋は3ベッドルーム、リビング,台所、収納室、メイド部屋もある。しかし、私はメイドを雇わず、車も持たず、一人静かにつつましく暮らしている。快適な環境だ。特に問題ないが、部屋が広すぎて掃除に苦労している。もともと無精なのでほとんど掃除をせず汚くしている。料理もあまりしない。近くにスーパーがないので買い物に不便ということもある。一週間分買い置きして食べやすいものを食べる。「聡明な女は料理がうまい」と言った作家がいたが、「聡明な男は何が上手」なのだろう。せめて、それにあやかりたいものである。一人でいるのは好きなのだが、一人暮らしは上手ではないのだ。それで、困っている。
1_2
Photo

私が住んでるマンション

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スリランカ通信(16) 人物オーライ??往来!?All Right !!             「リッチモンド・キャッスルの住人」

1

講堂


 映画のタイトルみたいだ。リッチモンド・キャッスル。王宮とかキングパレスとも呼ばれている中世の貴族の城がある。広い庭園。奥には深い森。屋敷は中世の館。実際に映画のロケにしばしば使われるらしい。数年前にはイタリアの映画チームがやってきて撮影したという。

 カルタラの町。コロンボからハイウェイバスで1時間の所。狭い、それでもバスが通っているという小路から、さらに脇道に逸れて小高い丘を登っていく。年寄りが歩くにはきつい斜面。ふうふう言ってたどり着いたところにこのお城はあった。

 邸内は広い。背後に森を抱えているこの屋敷はまさしくお城だ。今回の2番バッターはこの王宮に住むアリーさんだ。韋駄天のごとくリッチモンドの森を駆け巡り、青少年の育成を見守る姿は、俊足にして手堅い守備を誇る2番バッターに匹敵する。

――なんともすごい屋敷ですね…
A: そうですね。昔のイギリスの植民地時代のものですから古いことは古いですが、しっかりした建物です。
――あのステンドグラス(天井近くの壁にはめてある)、スリランカのものではなさそうですが。
A: ここを建てる時にわざわざスイスから取り寄せたものだそうです。船で数ヶ月かかったそうですが。
――少年の家を経営されているんですね。
A:ええ、前は50人程いたんですが、今は3人だけです。今度20人入る予定です。
――みなさん、ご両親がいらっしゃらないとかですか。
A: 貧しい家の少年たちです。6才から17才まで預かってここで勉強を教えています。
――卒業後はどうしてますか。
A: 家に帰って仕事をしたり、また勉強を続ける子もいます。医者になった子もいるんですよ。
――少年の家とおっしゃっていますが、少年だけですか。少女はいらっしゃらない?
A: この城の持ち主だったイギリス人の遺言なんです。少年だけの面倒を見る。少女はダメ。
――それはどうしてですか。
A: 実はその昔、彼の奥さんだった人が、お抱え運転手と駆け落ちしたということがあって、それ以来、女性不信に陥ったようなんですね。
――なるほど、相当ショックだったんですね。遺言にまで入れるなんて…。
  政府のバックアップはあるんですか。
A: 1956年から援助を受けています。しかし、屋敷のメンテナンスだけです。それも、ご覧いただければ分かりますが、十分ではありません。福祉の知らない人が口は出してもお金は出してくれないんです。
――そうですか。どこの国も同じですね。では、どうやって経営を維持しているんですか。
A:ここは自然に恵まれています。広大な土地がある。この施設はここでゴムやココナッツを売って収入を得ているんです。政府からはお金をもらっていない。
――そうですか。なかなか厳しいようですね。
A:ええ、そうです。しかし、私には仲間がいます。ここの財団は仲間と4人で作ったのです。将来、これを発展させて行きたいと思っています。
(インタビュー後記)
 アリーさんはお年以上に若く見える。その秘訣は楽観的な気持ちを忘れないことだという。いやなことがあってもくよくよしない。もともと最初から何もなかったから、失うものもない。ただひたすら自分の信念に基づいて福祉の仕事に専念している、とのことだ。最近は遺言に背いて少女も受け入れているらしい。素晴らしい人生だ。彼と話していると自分まで穏やかな気持ちになって、心が洗われていくようだ。アリーさんの人生に乾杯。   
 人生は出会い。人生は旅。出会いの旅はまた続く。

2
Photo

上:教室、下:アリーさん

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »